沖縄の旅(2)・・・沖縄の食はどこへ向かうのか

沖縄の食では、鳴き声のほかは捨てる物がないというほど豚肉が重要な位置を占めていますが、それは14世紀に当時の琉球が中国の属国になったことによるもので、中国の使者が船に豚を乗せて渡来し、半年ほど滞在する間にその豚を料理して食したことが、沖縄に豚肉を食する習慣をもたらした起源だそうです。それから、沖縄では「ごちそうさま」の代わりに「ぬちぐすいやさー」という言葉を使いますが、「ぬち」は「いのち」、「ぐすい」は「くすり」という意味で、つまり食事を摂ることが「命の薬になりました」ということで、これも中国の「医食同源」の思想を反映したものだそうです。このように伝統的な沖縄の食は、食べることと体の健康とのかかわりを強く意識したものであり、そうした食生活の恩恵もあって沖縄は長寿県として広く知られるようになりました。
ところが近年では、太平洋戦争によってもたらされた米国の食文化の影響を強く受けるようになり、厚生労働省の平成22年国民健康栄養調査結果によりますと、沖縄県男性の肥満者の割合は45.2%と47都道府県中1位で、平均寿命も1995年に全国4位だったのが、わずか5年で26位に急落し、直近の2005年のデータでも25位とほとんど変化は見られません。このことは沖縄県内でも「26ショック」と問題視されたそうですが、旅行中お世話になった運転手さんの話では、「1日に消費したエネルギーを取り戻すためにも、お酒を飲んだあとの締めにステーキを食べる」のだそうで、あまり県民には問題意識として広く根付いていないのかもしれないと感じました。ただ、沖縄のように短期間に急激な食生活の変化を経験した例は珍しく、『世界の実験場』として諸外国からも注目されているということを、以前記事で読んだ記憶があります。
画像このように旅行の2日目は、沖縄文化に関する本を一冊読んだと同じくらい、運転手さんから様々な事柄を教えていただき、とても有意義な1日を過ごすことができました。締めくくりに宿の周辺に点在しているざわわ(さとうきび)畑や紅芋畑を案内していただき、その時に撮影したのが右の紅芋の花の写真です。
修学旅行3日目は、平和祈念公園および資料館の見学と糸数壕(アブチラガマ)の入壕体験という主に戦跡を巡る日程でした。太平洋戦争の悲惨さに触れ、改めて平和であることのありがたさを噛みしめることができました。このところ竹島や尖閣諸島を巡る問題に刺激されたこともあり、右寄りの政治家の勇ましい発言が安易に支持され、結果として近隣諸国との緊張関係が相乗的に高まることは避けたいものだなどと、添乗員さんとおしゃべりしているうちに国際通りに到着しました。沖縄での最後の夕食ということなので、やはりその土地の料理を食べたいと思い、国際通りの沖縄料理のお店で食べることにしました。ラフテーやゴーヤチャンプルー、海ブドウにじーまーみー豆腐など、沖縄の家庭料理に舌鼓を打ちながら同僚たちと共に楽しいひとときを過ごしました。
修学旅行最終日は首里城を見学し、その後はまっすぐ那覇空港へ。予定より50分遅れて離陸した飛行機の窓から沖縄の海を見下ろしながら、「沖縄の食はこれからどうなっていくのかな」とふと職業病的な思いが胸をよぎりました。